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治療院ストーリー

治療院ストーリー

はじめまして!
中村橋アース整骨院・院長の佐藤裕司です。
佐藤家姉弟の長男として練馬区西大泉にある久保田病院で生まれました。
埼玉県新座市出身、現在は妻と2人で練馬区大泉で暮らしています。
僕を健康な体で生んでくれ、今まで大きな病気もなく、育ててくれた両親に感謝しています。それから僕をいつも支えてくれる親類、友人、上司や先輩・同僚に感謝しています。

この業界の世界に入るきっかけは、野球でケガをしたことでの「戦い」からでした。野球は投球動作により主に腕に負担を強いられるスポーツであり、たびたび肩や肘のケガをしていました。約2年半の高校野球生活のほとんどは整骨院通い。その時に通った整骨院で出会った先生に憧れ、この道を志しました。

しかし、ちょうどスポーツトレーナーが認知・もてはやされていた時期でもあり、南池袋にあるスポーツコンディショニングの専門学校に入学しました。2年間通い卒業を目前にした時に違和感を覚えました。『これが自分の仕事としてやりたかったことなのか』と・・・卒業と同時に国家資格を取るために専門学校を受験、美容業界の名門である山野美容専門学校の併設校・山野医療専門学校(柔道整復科)見事合格!専門学校では夜間部に所属し、実際に現場に出ている年代が違う同期生などと授業をともにしました・・・とても刺激的な毎日でした。

一番つらかったことは、将来に向けて頑張っていた矢先に思わぬ落とし穴?で・・・3年間の学生生活の集大成、国家試験に不合格になったことです。免許なしでは医療機関で働けず、1浪を余儀なくされました。あの時の悔しさ、惨めさ、恥ずかしさは今でも覚えています。1年後、猛勉強し国家試験に再チャレンジ。見事、高得点で合格!!晴れて柔道整復師となりました。この1年は諸先輩方に叱咤激励やご指導を頂いた貴重な期間だったと今では感じています。

中村橋にある中村橋アース接骨院での就職が決まったのは国家試験直後でした。念願の治療業界に就職ができてうれしかった!また、濱田先生との出会いも僕に影響を与えてくださいました。濱田先生は向上心を常に持っている方です。そして私を0から・・・もしかするとマイナスからご指導してくださり、現在に至ります。

そんな毎日の中で徐々に良い人間関係も生まれ、共に働くスタッフ、研修会で知り合った同業の仲間達が多数できました。今の私にとって大きな財産です!
修行先であるおおはま接骨院では諸先輩の先生たちに、厳しく指導していただきました。

また、一番うれしいことは、技術がついてきたおかげで両親に治療をして、体を楽にすることができることです。偉大な師匠から教わりました。『最高の先祖供養は親孝行をすることだ!』と。自分もその意味を噛みしめて生活を送っています。

2014年11月より、ここ中村橋アース整骨院院長をしております。

地域ナンバー1の治療院を目指し、チームでサービスの質の向上を日々精進しております。これからも皆さんのきっとお役に立つ『地域密着の憩いの場』になることでしょう。全力で皆さまの体の声を聞きながら精進していきますので、どうぞよろしくお願いいたします

                              院長 佐藤 裕司

 

   

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